アーティスト 甕 恵美

アーティスト 甕 恵美

甕 恵美

MOTAI EMI アーティスト
Interview

波瀾万丈な人生、どんな出来事をもエネルギーに変えていく人。
子どもたちを一生懸命みてきたからこそ、学ばせてもらってわかったことがあった。

TAKAMORIJIN File No.021

甕 恵美

MOTAI EMI

アーティスト

表現活動

優柔不断

人生1回きり、いろんなことを前向きに捉えチャレンジしてきた。多くの人との偶発性の出会いもプラスに変えてきた。これからもいろんなことを表現することに興味があり、出会いを大切に今を生きている人。

我が家の庭から見る朝と夕方と「瑠璃寺」

アーティスト 甕 恵美

本日は、よろしくお願いいたします。職業から教えていただくことはできますか?

よろしくお願いします。もしかしたら書家と聞いているかもしれないのですが、書家としてだけでなく、いろいろな表現をしています。書家は、なろうとしてなったのではなくて、社会人のときにある機会がやってきて書家と言われるようになったんです。

そうなんですね・・・と言うのは、どういうことでしょうか?

ざっくり言うと、私の人生は先に「舞台」がやってきて、その舞台を必死でやっていたらその点と点が線になったというような人生なんです。その中の1つが今、書家と言われているもので、芸術の「げ」の字もなかった私に、あるギャラリーで個展を開くという出来事がやってきて。依頼を受けたのは開催1ヶ月前で、しかもすでに信濃毎日新聞にその告知が載せられていました。たまたま書があり絵があり、陶芸があり、といった自由に自分を表現した1人文化祭的な個展をしたところ、たまたま見にこられたパッケージ会社のデザイナーさんから「素敵な字を書いている」と評価いただき、お酒のラベルだとか会社や店名を書くという筆文字のデザインの仕事を頂くようになりました。

そうなんですね。すごい出会いですね。

そうなんです。そこから依頼主さんの辛いとか甘いなどの味や、職人の想いなどを字に落とし込む実践を積んでいくうちに、依頼主さんの想いなどがより深く字に表れてくるようになったんですよね。元々、技術があるわけでもないし、デザインを勉強したわけでもない私の人生に、実践を通して人の心とか目に見えないモノを筆文字で表現するという訳のわからないおもしろいものがやってきたんです。そこから、人生の転換期もあり5足、6足ものわらじを履いている生活を送っています。

他のわらじって例えばどんなことですか?

例えば表現を通して依頼主の想いに答えていたら、以前やっていたバイト先の方から書道教室をやってくれないかって話があり、書道ができるからというよりも子どもたちに伝えたいことがいっぱいあるっていう自分の中の思いと繋がって、書道教室が始まったとかですね。

そんなことがあるんですね。本当に点と点が繋がっていますね。すごい。

この教室では、「子どもの言うことをとことん聞いて、一緒に遊んで、一緒に考えられる大人の友達が1人いてもいいじゃないか」と言う発想で書道教室を始めました。心と書が繋いでいくような場所に無意識ですがなっていったんです。

なるほど、書道教室以外にもされていたことがあったんですか?

いろんなことを過去にはやりましたよ。他には、結婚式の巫女さんだったり、飲食業だったり、テレビ局の社員だったり。5足、6足とはいえ私にとって、とことん楽しいお仕事に出会えていたんですよね。今はSBCラジオでも番組のゲストとして、毎月、文字の成り立ちなども話していますよ。
素晴らしい人生を歩んできた人との出会いの連続でした。

そうだったんですね、聞いていて1つ疑問に思ったんですけど、なんで個展を依頼してきた方は、甕さんに書を依頼してきたのでしょう。元々、字が上手だったからなんでしょうか?

いや、キャラクターじゃないですかね。(笑)

へぇ、そうなんですね。

ギャラリーを持っていて個展を依頼してきた人は、「甕なら何かやるだろう」っていう、そういう発想だったと思いますよ(笑)
私はそう思っていますけど、実は個展を依頼してきた人は学生の頃の同級生でした。私自身は思ってはいないですが、器用貧乏というか、友達いわく私はいろいろとできていたみたいなんです。ちょっとなんていうか、面白いことをするタイプというか。子どもの頃から、遊びにアイディアを持ち出すタイプだったし、「みんなー!」と言って巻き込むタイプだったので、今回声をかけてもらったところはあるかと思いますけど。

その個展をやられたのは、何年前のことだったんですか?

23年前ですね。

そこから、いろんなことがあって今のアーティストになっているということでしょうか。

うーんと、本当にいろんなことがあって。このインタビューには書ききれないぐらいだと思いますけど。吐き気がするぐらいの挑戦もしてきました。
何もなかった私が、パリで作品を展示させてもらい準グランプリを頂いたこととか、チェコのプラハの国立美術館でパフォーマンスをさせてもらったりとか。ニューヨークに行ってストリートパフォーマンスをやったりとか。
とにかく、びっくりするぐらい突然いろんな舞台がやってくるんですよ(笑)
断る理由は見つからないので受けるんですが、間違いなく心に負荷はかかってきて。できるかどうかわからないこと、1度もやったことがないことなどやってみるって結構大変でした。パソコン1つとっても、そんなことばかりだったんです。
いろんな人や、いろんな出来事を通して、とことんやらせてもらいました。

偶発的にいろんなことが起こった人生だったのですね。すごいです。書道教室に関しては、どのような考えで運営されているのでしょうか?

私も生徒さんからたくさん学ばせてもらっています。中でも、心を自由に、生徒さんがどうやって成長するのかを見ていく中で「書は心である」という考えから、最初の頃は、「心をポジティブに」と生徒に言ってきたんです。だけど、10年目にハッと気づいて心が分かるなんて言い切れないと思いました。これは心に良いとか、これは悪いとか決めていることは、おかしいと思うようになって。怒っているときや悲しいときでも別に無理にポジティブでいる必要はなくて、どんなあなたでも素晴らしいよということを伝えていかなきゃと思うようになりました。
そう思ってから、子ども(生徒)たちを受け入れて伸ばしていけるようになったように思います。
その頃から、書道を競争にしたくなかったんですけど、才能を一歩前に出すためにコンクールに出したりして、目標に向けて挑むなんてことも行ってきたりしました。
書道教室は15年ほどやっていましたね。口コミだけで、生徒を80名まで見ていたこともありました。
その後一旦書道教室は終了し、生徒のためにほんとに出し切りリセットした時に、子どもたちに向いていたものが自分に戻ってきて、それから先ほどお伝えした創作活動などが始まりました。子どもたちのお陰でもあるかもしれません。メッセージみたいなものを受け取ったんだと思います。

そうなんですね、インスピレーションというか直感力がものすごくて、子どもたちも表現力を伸ばすのはとても楽しかったんじゃないかということが想像できました。これからも表現活動はやっていくのでしょうか?

私はいろんな書体やいろんな表現をします。七十二候をいろんな書体で書いてみたり、4年前に友人へのプレゼントでメッセージを書いたりとか、そのタイミングでやれること依頼されたことを表現するようにしています。
子どもたちには向き合えたと思えていますが、「自分はどうなんだ」とまだ探っているところです(笑)これから自分の活動を改めて行っていこうとしているところですね。
子どもたちからたくさん学んだこと、可能性があるとか、子どもたちが奇跡を起こしてくれたので、私は何もできていないと思っている。なので、このような経験とかを嘘のない言葉で私なりに「みんな素晴らしくて、みんな大丈夫なんだよ」と伝えていけるような活動をしていきたいと思っています。まだアウトプットしていないもの、世に出していないものもたくさんあるので、そういったものも見せていきたいと思います。

本当に受容されている感覚になるというか安心感がありますよね。書も芸術的で、素敵です。私も何か書いてもらいたいと思いました。なんともいろんなことがあって、形容し難い人生ですが、これからも楽しみですね。貴重なお話をありがとうございます。

ありがとうございました。また遊びにきてくださいね。

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写真・文:Yusai Oku
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※本記事は2023年1月20日時点の内容を掲載しております