フィンガーライム ジャパン代表 仲平 豊実

フィンガーライム ジャパン代表 仲平 豊実

仲平 豊実

TOYOMI NAKADAIRA フィンガーライム ジャパン代表
Interview

農業は儲からないを、儲かるように。
高森町からはじまる「フィンガーライム」の挑戦。

TAKAMORIJIN File No.005

仲平 豊実

TOYOMI NAKADAIRA

フィンガーライム ジャパン代表

誰とでも仲良くできること

優しすぎて、価格交渉で弱腰になっちゃう

フィンガーライムに情熱を注ぐ熱きフィンガーライムとシクラメンの農家さん。テレビを観ていたときに「フィンガーライム」だ、と思ったことがキッカケで人生1度や2度チャンスがあると新たな果実の栽培を1人ではじめた人。3年程度で順調に成長し、フィンガーライムで日本一を目指している観点から「フィンガーライムジャパン」と名付けて活動している。高森の農業の革命児、かもしれない。入金があると、周りの人に奢ってしまう性格。

こまつ屋さんの「肉そば」

フィンガーライム ジャパン代表 仲平 豊実

はじめまして、よろしくお願いいたします。早速ですが、こちらに置かれているフィンガーライムという果実は、どこで知ったんですか?

ちょっとまずは食べてみてください。(木から実を取り外し、分けてくださる)

「お、おいしい!」プチプチして口の中に酸味が広がりました。ありがとうございます。

7年くらい前にテレビで果実だけで1個3千円ぐらいでやっていたんですよ。そのテレビがきっかけでした。「お!これいけるんじゃないの」と思って、それで国外のフィンガーライムの木を買ってきたんですよ。果実販売とか苗木販売をしようと思って。実がなってきたら品種が全然違ったんですよ。「これは赤の何々の品種だよ」と言っているのにグリーンがなったりしたんですよ。フィンガーライムじゃないのも混ざっていて。今も楽天とかヤフーショッピングで出ているのを見ていても、同じだというのがわかって。それで、3年前にオーストラリアの果実生産者に自分でメールを送って苗木を個人輸入したのがはじまりですね。一番はじめに苗を輸入して、ばっと売ることはできたけどそれはやらなかったですね。ネットショッピングも考えたところはあるけど、ちょっと怪しいなと思ったところがあったので、それはやらなかったですね。

元々、フィンガーライムは野生に自生していたものなのでしょうか?

栽培技術はまだ何もわかっていない。オーストラリアのユーカリの下とかに木苺みたいに植わっていたのがはじまりですよ。

1回か2回ぐらいしか食べたことないのですが、フレンチとかでよく出されていますよね。

フレンチ、イタリアン、和食もいいし、中華であんかけみたいなのは無理ですけどね。刺身でもカルパッチョでもなんでもいいので。知り合いの人たちが作って、それを紹介からの紹介で自分は何も営業していない。自分は営業しない方がいいんですよね。
この転換ってすごい転換なんですよ。元々は、シクラメンを10万鉢作っていました。

シクラメンと同じ環境だからこそできたんですか?

シクラメンと似ているから出来るんですよね。ここら辺だと最低気温が-8度ぐらいになっちゃうけどね。路地だと全部ではないけど、枯れちゃうんです。半分ぐらいはダメージを受けちゃうんですよね。冬場は加温してやっている。

元々、何か切り替えようかなと思っていたんですか?シクラメンが売れないとか?

シクラメンが売れない訳ではなかった。もちろん生活はできる。ただ、面白くなかった。結局、自分で作っても店の売価があって、それに対しての仕入れだから。そんなのやっていても生活はできるけど、面白くないという気持ちはあった。自分は、家に帰ってきて20数年経ちますけど、シクラメンだけなんですよ。作っているのは。絶対になにか人生に1回や2回はチャンスがあると思っていて、自分は「これだ!」と思ったんですよね。それで一気に切り替えて、シクラメンを面積的に3割減にしました。実を売るよりも高く売れるので、苗木販売もしています。

実際、静岡や愛媛とかフィンガーライムが売れるからと言ってお茶や蜜柑の木を切って植えて変えているところがあるけど、決定的に違うところが出てきて、決定的に違うところがわかったんですよ。

それは、なんなんでしょう?

3年ぐらい前に種子が入らない栽培方法を確立して、それで勝負することができた。そこから有名な宿泊事業者さんが直接来て「使いたい」と言ってきてくれれるようになったんですよね。岐阜、愛知、三重で5店舗の代理店がありまして、オフィシャルショップが長野と静岡に1店舗ずつありますね。

フィンガーライムは、全部で何種類ぐらいあるのでしょうか。営業しなくても、売れることがすごいですね。それでも最近ですよね。認知されはじめたのは。

100以上あると思いますよ。ヨーロッパのすごいシェフたちが使い始めて、3年ぐらい前から騒ぎ始めて。昨日も三重県からシェフが来てくれて商談したんですよ。

他にも、名古屋から来て話をしたりだとか、有名なレストランや宿泊施設などから声をかけてもらったりしていますよ。

こんなに高く売れるフィンガーライムを、他に高森でやられている人はいないんですか?

いませんね。うちだけです。

これ、私も売りたいですね(笑)

ぜひ(笑)明日も名古屋の有名な商業施設さんからは、明日は1キロの発注が来ていて発送します。1個10g~20gぐらいなので、何個になるんだろう・・・。

小売りの場合は、1個1,000円ぐらいで販売している。卸売会社には1キロで、30,000円という数字で売っている。

鮑で、1キロ1万円ですからね。(笑)

すごい・・・アワビ、いや伊勢海老とかもうそんなレベルじゃないですね(笑)でも、育てるのは大変じゃないんですか?

それが、全然大変じゃないんですよ。(笑)

他の人が真似する、他の人がはじめるということに抵抗感とかはないんですか?ハウスを持っている農家の皆さんにやってもらった方がいい気がするんですけど。

長野県で自分は、産地化したい。「え、長野県でフィンガーライム?」みたいな。長野県の為にもなるし。南信に試験場があって、あったかくなってくると柑橘をやったりとか、こういうことを試験場長に2時間ぐらい話にいったりとかやったりしていますよ。これをやると長野県にとってもメリットがあると思っています。

ちょっとフィンガーライムの話だけで終わってしまいそうなので、人生の生い立ちも教えていただきたいのですが。農家はやろうと思ってはじめたのですか?

高校を卒業して、農大を出ていて農家はやろうと思っていました。いろんな世間様を見てこいみたいな感じで外に出ていた。1発目は、名古屋中央市場まで買い付けして卸す業者で卸売す業者で仕事をしていた。で、その会社が潰れて。そのあと、建設会社にいった。重機に関わる仕事をしていて。その建設会社も潰れたんだよね。そのあと、飯田市内に車屋さんが昔あって、そこにも務めていたんだけど、そこも潰れたんだよね(笑)
車屋さんのときにドリフトのメインの車屋だったんだけど、そこも潰れたんですよ。もう行くところもないな、とそれで実家に帰ろうと思って戻ってきました。

すごい人生ですね。(笑)

ドリフトもやっていて20歳前半のときにドリフトの大会で、日本一になった。スポンサーもいろいろ付いたりしていましたよ。(笑)潰れたに加えて23歳で結婚を機に、実家に戻ってきましたね。今、45歳だけど今日まで22年間は、今も花ベースで、3割をフィンガーライムにしてやっていますよ。面積的には、まだシクラメンが7割ですからね。

フィンガーライムの管理は難しくないんですか?

林檎や梨に比べると、軽いし、収穫も楽ですよ。選定も要らないし、受粉もいらないし、水の管理だけちゃんとできればいいから。

ということは観葉植物でもいけるということですか?

家の中で使うこともできますよ。自分は接ぎ木位置を高い位置に接いで、刈り込んでスタンド仕立てにして実が付いたやつをお寿司屋さんなんかにレンタルしたいと思っている。採れたてのやつを、お客さんの前で絞ってもらうみたいなことをやりたいなと思っているんですよね。

これ拡がっていくといいですね・・・

でも、はじめてのことって、誰かが成功してないとやらないから。今更、パプリカ、きゅうり、トマト、アスパラとかやっても何も儲からない。店の売価があるし、今年はレタスがよかったよとか努力じゃないんですよ。そういうことじゃなくて。自分で価格を言えるものを作らないといけないと思っています。

まだシクラメンはベースで、だけどこれからはフィンガーライムだけというのは考えているのでしょうか?

まだそうですね。だけど、いずれシクラメンは出来なくなってくるんじゃないかと思っています。原油が高騰して、鉢とか材料も上がってきていて、かといって店の売価は上がらないから、そんなところでやっていても意味ないと思っている。人生1回だしさ、やりたいことやった方がいいんじゃないかと思っています。

これからはどういう展望がありますか?

高いから使えないという人たちはいるけど、そういった人たちは相手に出来ないと思っている。他のところで使いたいと言われても、あえて卸さない。どこでも使っても面白くない。要は、農業は儲からないというのを儲かるようにしたいですね。高森町もそうだけど、名古屋、強いて言えば日本全体が潤っていかないといけないと思っています。

今まで、高森町で多くの人に会ってきたが異彩を放つ農業の革命児という印象を受けた仲平さん。彼の作るフィンガーライムは、見た目も可愛く、味も絶品。稼げるようにするという言葉が印象的で、これからの動きにも注目だ。

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取材・撮影:Yusai Oku
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※本記事は2021年11月26日時点の内容を掲載しております